マツド・サイエンティスト研究所

基礎知識6 電卓で行う軌道解析・制御設計 10th September 1998


 人工衛星や宇宙機の軌道の解析や制御の計算をするためには、コンピューターのシミュレーションが必要だと、一般には思われているようだ。ところが、実際のところ、多くの場合、コンピュータによる詳細解析が必要になるのは、打上直前になってからで、概念的な設計を行うフェーズでは電卓による解析で十分なのだ。
 もちろん、複雑な制御を行う時や厳密な計算が必要な場合、コンピュータによるシミュレーションが不可欠な事もあるが、その場合でも、電卓での計算で当たりを付ける技術が必要である。

 今回は地球周回軌道に限定しているが、何と、2,980円の電卓で、月着陸までの軌道を計算する方法を示す。

 なお、今回は、従来、マツド・サイエンティスト研究所で扱っている「恒星間飛行」に比べると、ぐっと基礎的かつ常識的な範囲内の題材なので、「研究報告」では無く、「基礎知識」としている。(入門用基礎知識にしては、結構難しいぞ。)

はじめに

 今回は、軌道解析・制御について、全くの定性的な原理・現象のみでは面白くないので、ある程度の応用のきく基礎知識と電卓による計算方法を示そうと思う。また、理論展開による公式の導出は行わないし、全てを網羅し掘り下げたものではなく、トピックを取り出している。トピックの谷の部分は、興味のある人は自分で勉強してもらいたい。

前提

 全てのケースに渡って、軌道解析・制御の計算方法を網羅するのは現実的ではない。ここでは、次の前提の範囲内での説明にとどめる。

電卓について

 電卓で計算することを前提にしているので、一応電卓について説明するが、基本的には関数電卓であればなんでもよい。できるだけ新規に買うことはせず、学生時代に使ったものを探し出したり、人から要らなくなった物を譲り受けよう。電卓は使っている内に自然と必要な機能・不要な機能が判るから、ある程度使いこなしてから、新規に買うほうが効率的だ。
 パソコンに付いているソフトの電卓でも、関数電卓モードにすれば、使えないことは無いが、携帯性が悪いので、余りよろしくない。関数電卓は常に持ち運ぶようにしよう。どうしても、パソコンを使いたい人は、表計算ソフトの方が便利である。

 また、 1 + 2 × 3 = の順にキーを押して、 が出る電卓は不許可で、ちゃんと数式通りの入力ができる物はが出るはずである。なお、キーの代わりに ENTER キーがあったり、逆ポーランド式の電卓は使いにくいので止めたほうが良い。(SF作家の野尻抱介氏は、どうも逆ポーランド式が好きなようだが、これで軌道解析をしていたのは15年以上昔の話で、今は軌道屋と呼ばれるプロの間からも消えてしまった。今では、フォース[スターウォーズの"力"では無い]が使える人だけが使っている。)
 有効桁数は、10桁+指数あれば十分だが、8桁+指数でも使えないことは無い。関数は、 sin, cos, tan と、これらの逆関数 arc sin, arc cos, arc tan 及び浮ニ は最低限必要だが、これが無い関数電卓は、まず存在しないだろう。推薬計算の場合、 ln と が必要になるが、こっちの方は、まれに無い電卓があるので注意が必要だ。
 さらに hyp sin, hyp cos, hyp tan 及び、これらの逆関数があれば言うことはない。hyp sin 等は今回の説明の中では使用しないが、実はスイングバイの計算の時に必要になのだ。

 これだけ、「新規に買わないほうが良い」と言っても、これを機に電卓の購入を考える人が出てくるに違いないので、参考までに私が電卓を選ぶときの基準を以下に示す。
  1. 必要最小限の有効桁数と関数がある限りにおいて、できるだけシンプルなこと。プログラム機能やグラフ出力機能等は必要があれば、パソコンを使うべきで、むしろ電卓には無い方が良い。アドレス帳等の機能も不要。
  2. 携帯に便利なように適度に小型軽量であること。キーを打ちにくいほど度を越して小型であってはいけない。
  3. 電池式であること。太陽電池は不可。
 最初の二つはともかく、最後の項目に付いては説明が必要と思う。日本においては太陽電池式の電卓が問題になることは、まず有り得ないのだが、海外ではオフィスが日本の常識から考えると異常に暗いので、太陽電池が働かないことがある。それも、照明が白熱灯の場合が多く、液晶表示が十分見える場合でも太陽電池が働かずに電卓が使えないときがある。
 実は、10年ほど前に、一ヶ月ほどJPLの管制室に居たのだが、この時、電卓が使えなくて困った。テレビで見た人も居ると思うが、あの管制室、なんであんなに暗くして居るのだろう? 計算が必要な度に蛍光燈照明の廊下へ飛び出して行ったものだ。
 電卓の消費電力は、ごく小さいので、私の電卓など、7・8年近く電池交換をせずに使えているし、また、電池もLR44と入手性が良いので世界何処でも心配はないし、予備電池を持っていてもたいした重さではない。同程度の電卓の場合、太陽電池式のほうがやや高いうえ、電池が安いのでトータルコストでも電池式の方に軍配が上がる。こういう基準で秋葉原で買った私の電卓は、2,980円であった。もう十年近く前のことだし、最近では、もっと安く買えるだろう。

 「海外に行くこともないし、ましてや、JPLの管制室で電卓使うことも無いだろうから、どうでもいいや。」なんて事は言うなかれ。男子たるもの(女性でも)、軌道解析・計算を志し、電卓を買い求めるなら、ゆくゆくはJPLやヒューストン、マーシャルの管制室で自分の衛星や宇宙船の軌道を計算するくらいの心意気が無くてはならない! (筑波の管制室なら太陽電池が働くけど)

衛星の軌道

ケプラー・ニュートンの法則

ケプラーの法則 ニュートンの法則 二体問題
課題1
 万有引力の法則から二体問題を解き、(1)式を求めよ。(1)式を人工衛星の運動に当てはめた場合、何が近似・省略されているかを把握し、その意味を理解せよ。

軌道の形とケプラリアン軌道要素

座標系
図1 座標系
軌道の形 軌道要素 カルテシアン軌道要素
図2 カルテシアン軌道要素
ケプラリアン軌道要素
図3 ケプラリアン軌道要素(軌道面
図4 ケプラリアン軌道要素(軌道面内)
課題2
 面積速度一定の法則から、(2)式を求めよ。

ケプラリアン要素から、任意の時刻の人工衛星の位置・速度を求める。

定数
    
     =重力定数×地球質量
半径と速度と周期
課題3
 エネルギー保存の法則から(4)式を求めよ。また、(4)から(5)式を求めよ。
指定の時刻の位置と速度
第1段階
EPOCHから、指定の時刻迄の時間t[sec]を求める。
(tの求めかたは各人に任せる)
第2段階
MとEを求める。
はEPOCHでの平均近点離角)
次にEを求めるが、(2)式は超越関数になるので、簡単には求まらない。
    ・・・(6)
として、をイタレーションの結果から求める。上式を、3〜6回も繰り返せば、実用上問題ない程度には収束するはずである。
第3段階
位置・速度を求める。
    ・・・(7)
課題4
(7)式を求めよ。
練習問題
人工衛星Xの位置と速度を求める。
 Xの軌道決定値は次の通りである。
  • EPOCHは1994年8月31日17時00分00秒(UT)
  •  a = 29,631,171m e = 0.52181
  •  i = 13.073[deg] Ω = 98.205[deg]
  •  ω= 194.539[deg] M = 137.433[deg]
1994年9月3日19時12分00秒の位置と速度を求めよ。
解答
 EPOCHから指定の時刻までの経過時間は、
   t = 267,120 [sec]
 である。   
 (6)式よりEを求める。
  
 以上より、E=35.16469(rad)とする。(7)式より、位置と速度を求める。
  

推薬計算公式

とするとき、これらの関係は次の式で示される。
    ・・・(8)
課題5
 (8)式を運動量保存の法則より求めよ。

J2項による長周期摂動

 二体問題に合わない衛星の動きを摂動と呼ぶ。本資料では、地球の偏平による摂動のうち、公転周期より長周期のもののみを対象とする。
 地球の偏平を考慮した重力ポテンシャルは次の様になる。
    ・・・(9)
 ここで、は地球の赤道半径であり、次のような値となる。
  

 衛星の軌道面及び近地点は、次のようなレートで回転する。

    ・・・(10)
 また、変化のイメージを図5に示す。

図5 衛星の軌道面及び近地点の回転
課題6
 (9)より、任意の位置での引力ベクトルを求めよ。また、(10)を導出せよ。

その他の摂動と短周期摂動

 これまでに示した以外に、次のような摂動が良く知られている。

軌道制御

 いよいよ、本題の軌道制御に入る。

面内制御

まず、軌道の面内制御を勉強する。
高度制御
 高度制御は、2ホーマン軌道が基本である。
 図6に2ホーマン軌道の概念を示す。軌道制御前の軌道は半径r1の円軌道で、目標軌道は、r2の円軌道である。
図6 2ホーマン軌道
 この時、1回目の増速量と2回目の増速量は次の式で求められる。
    ・・・(11)
高度・位相制御
 2ホーマン軌道制御では、衛星の高度を合わせることは可能だが、位相を合わせることはできない。実際の静止衛星の静止位置の設定や回帰軌道衛星の回帰精度制御・ランデブー・ドッキングには位相制御が不可欠。そこで、3ホーマンを用いる。3ホーマン軌道では、2ホーマンの間に中間の軌道半径を持つ軌道をいれ、その軌道の半径を調整することで、位相を合わせる。
 図7に3ホーマン軌道の概念を示す。軌道制御前の軌道は半径r1の円軌道で、目標軌道は、r2の円軌道である。また、位相のずれをとする。
図7 3ホーマン軌道
 この時、1回目の増速量と2回目の増速量は次の式で求められる。なお、rxの値がr1とr2の間に入らないときは、r1かrxの軌道で、何回か待つことになる。
    ・・・(12)
課題7
 3ホーマンには、図7以外に2つのパターンがある。それを求めよ。

面外制御

 図8のような面制御について、増速量は式(13)で示される。
    ・・・(13)
図8 軌道面制御の概念
 式(13)は厳密なものであり、また、軌道面の変更と共に面内の速度も同時に変更している。このような制御は、実際には静止衛星の静止化におけるアポジー噴射以外にはあまり用いれられない。
 極軌道衛星の場合、面制御は面内制御と分離し行われる。 の場合、まず、「J2項による長周期摂動」で示したようなΩの変化を利用し、Ωを合わせる。次に、として、式(14)で示される増速を、赤道面上(昇交点or降交点)で行うことが多い。
    ・・・(14)

軌道制御の実際

 ある程度具体的な例を用いて、軌道制御及び推薬解析を行う。
 ここで述べるのは、ある衛星Yがロケットによる初期軌道投入の推薬解析を例にして、説明する。
 解析の前提となる、ロケットの投入軌道と衛星Yの初期軌道の条件を次に示す。
表1 衛星Yの軌道制御前提条件
初期衛星重量
550kg
スラスタキャント角
30度
スラスタ比推力
200秒(連続噴射時)
ロケット投入目標軌道
高度550km円軌道
ロケット投入誤差

(3σ)
±40km(投入点) ・・A点
±250km(投入点から半周)・B点
最終的な目標軌道
高度590km円軌道
 この前提条件を図9に示す。
図9 衛星Xの軌道投入
 ロケットの投入は3σ(最大誤差)を想定した場合、A点での±40kmとB点での±250kmを組み合わせて、次の4ケースがある。
表2 衛星X 軌道投入の誤差 ケース
ケース
A点高度
B点高度
510km(-40km)
300km(-250km)
510km(-40km)
800km(+250km)
590km(+40km)
300km(-250km)
590km(+40km)
800km(+250km)
 衛星Xの特徴的な点は、面制御を行わないところにある。すなわち、ロケットで投入された軌道面をそのまま使い、軌道制御は面内だけを考慮すれば良い。
 ケース1〜4の内、最も増速量が必要なのは、ケース1である。ケース1の場合、10図に2ホーマン軌道制御による面内制御の概念を示す。
図10 衛星Xの初期軌道制御(ケース1)
 一般的に面内制御では、より低い高度で大きな増速を行うことが有利であるので、B点で先に制御を行う。式(11)に当てはめて、ΔVを求める。
 
 次に、式(8)に当てはめて、推薬量ΔMを求める。この時、衛星Xのスラスタにはキャント角(傾いて取り付けてある。)が付いているので、これによるロスを考慮する必要がある。
 
 衛星Xには、より精度の高いコンピュータシミュレーションによる解析結果があり、その差は、わずか3%である。誤差の要因は、実際の制御は完全にアプシスには乗らないことや、インパルス近似による誤差である。
課題8
  •  「面内制御では、より低い高度で大きな増速を行うことが有利」であることを確かめるために、先にA点で制御する場合を計算せよ。
  • 「面内制御では、より低い高度で大きな増速を行うことが有利」であることをエネルギー保存の法則より導出せよ。
  • ケース2〜4を計算し、ケース1が最も増速量が多いことを確かめよ。

月への着陸

 大胆にも、一気に月への着陸までの全軌道制御を、計算する。
 上記の様な軌道を考える。
 重力定数×月の質量=、月の軌道半径1,738.4kmである。
 ΔV2は軌道面の制御も必要となる。月の軌道面は黄道に対して5.15度の傾斜角を持つ。黄道は、赤道に対して23.44度の傾きを持ち、更に打上げ地点である種子島・吉信崎は赤道に対して30.40度の傾きを持つ。ΔV2での面制御の角度はこれら3つの組み合わせで決まる。ここでは度の最小の組み合わせを考慮する。
 月へのホーマン軌道の遠地点半径r3は、月の軌道半径に近いが、正確な値の計算は難しい。しかし、この誤差は、増速量や推薬には、ほとんど影響の無いので、r3は月の軌道半径と同じとして計算する。
 
 上の式の中で、Veは打上げ地点での地球の時点による回転速度である。
 ΔV3を求めるとき、注意が必要なのは、上の式で求めたV3は地球に対する相対的な速度ということである。月に対する速度は、単純にVm−V3となるのではなく、月の引力圏外でVm−V3の速度を持った衛星が、V3'に月の重力で加速されることを考慮する。
 
 ここまでの結果を表3に示す。
表3 月への軟着陸
制御名
ΔV
増速量
比推力(s)
制御前
推薬量
(m/s)
重量
打上げ
ΔV0

ΔV1
7,564.99
60.31
月ホーマン
ΔV2
3,144.85
月周回軌道投入
ΔV3
821.56 315.32600.00 606.66
月遷移軌道投入
ΔV4
22.99 315.31993.34 14.77
最終着陸
ΔV5
1702.69 315.3 1978.57 837.80
着陸後
1140.77 1459.23
 月周回軌道投入以降の総推薬量は、1459.23kgであるが、この値と詳細なコンピュータ・シミュレーション結果との差は7.5%である。先ほどよりも誤差が大きいのは、着陸時にオフアプシスで連続噴射しているためのロスである。なお、月までの旅程は、ホーマン軌道の周期に半分の約5日間である。

課題9
 ΔV2での面制御の角度が、最少の組み合わせになる具体的な時期を求めよ。
課題10
 前述の例を応用して、木星への軌道制御や木星の衛星(イオやガニメデ等)の着陸を解析せよ。

制御誤差

 軌道制御を計画する場合、制御における誤差を考慮する必要がある。この時、制御量誤差は10%程度を考慮し、その後の制御で補正できるように計画する必要がある。
 この他に、増速ベクトルの方向誤差(姿勢誤差)や制御タイミングの誤差を検討する必要があり、このためには誤差感度を解析する方法が良い。
 更に、推薬量に関しては、15%以上のマージンを持たせるようにする。

電卓による計算とコンピュータによる解析

 コンピュータによる解析は、高精度の計算を繰り返し行うができる。このため、次の様な解析では、コンピュータによる解析の必要性がある。  逆に言えば、上記以外の解析では、電卓による解析は人間が理論的に計算を行う分だけ、コンピュータもメリットがある場合が多い。
 また、今後のコンピュータによる解析は、従来のシミュレーションプログラムのように解析専用のアプリケーションソフトウェアを使う場合よりも、LOTUSやEXCELのような表計算ソフトウェアを利用したり、Mathematicaの様な数式処理ソフトウェアを使うことにメリットがある場合が増えるであろう。このような場合、本資料で示した様な理論式や計算方法が役に立つ。

余談 コンピュータによるシミュレーション

 コンピュータ・シミュレーションは、直前に書いたような表向きの理由以外に、「コンピュータでシミュレーションしているんだ、凄いだろう!」と相手を脅かす為に用いると言う効用がある。残念ながら、ほとんどのコンピュータ・シミュレーションは、本当に必要ではなく、こういったハッタリのために実行しているほうが多いようだ。

 ただし、このようなハッタリがきくのは相手が素人の時だけで、相手が専門知識を持ち、さらに対象となる問題にコンピュータでなければ解決できないファクターが無い場合、「こいつは、こんな事もコンピュータ無しでは解けんのか? 問題の本質を把握していないな。」と、自分の未熟さを露見しかねない。こういった場合は、すかさず、「いやー、本当は電卓で計算したんですが、一応、ダブルチェックのため、コンピュータで確認したんですよ。」と言うと、相手の信頼を得ることができる(こともある)。

 いや、本当、冗談じゃなくて、電卓で解析する技術って必要なんだよ。

まとめ

 簡単ではあるが、軌道力学と軌道制御の基本を説明した。これによって、少しでも興味を持ち、更に勉強をしたいと思う人が、1人でもいればうれしく思う。

 いかがで、あっただろうか?
 次回は、無謀にも、電卓だけでスイングバイを利用し、太陽系を縦断、イオやガニメデへの着陸までの計算方法をお教えする予定である。なお、予告はしない主義なので、次回の「基礎知識」が、いつ公開されるかは、ここでは示さない。実際のところ、、私自身、全く判らない。
 なお、本文中の課題1から10までを、参考文献も何も無しでスラスラと解けた人が居たら、すぐ下記のメールに連絡して欲しい。あなたこそ、私が欲している人材である。
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