マツド・サイエンティスト研究所

研究報告16 カーボン・ナノチューブ・フライホイール the 27th of December 2002


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 夢の新素材として、カーボン・ナノチューブが期待されている。
 その特徴の一つである「極めて、強固」を利用すれば、宇宙へ簡単に行ける事を示そう。

カーボン・ナノチューブの特徴

 新素材と期待されているカーボン・ナノチューブとは、下の図のように炭素の亀の甲羅をチューブ上に巻いた構造のものだ。 この図で、黒点をして示されているのは炭素原子である。 この図からも判るように、カーボン・ナノチューブは極めて小さい構造を持つ。
 カーボン・ナノチューブの特徴は、 である。 ここでは、特に『極めて、強固』と言う特徴に注目して、宇宙への輸送手段としての応用について考察する。

カーボン・ナノチューブは『極めて、強固』!

 カーボン・ナノチューブが如何に『極めて、強固』であるかを知るためには、『破断長』と言う概念を知る必要がある。
 破断長とは、右のように、重力1Gの場所で糸を垂らして自重で切れる長さである。 破断長が長ければ長いほど、その材料は『強固』である。 鉄等の金属材料は一見強固だが、カーボンやケブラー等の新素材の方がレーシングカーやロケット等に使われている理由は、まさに『破断長』が長いからである。
 破断長で示せば、 である。
 すなわち、カーボン・ナノ・チューブは、従来の材料の 50 倍から 500 倍と、文字通り『桁違い』の強度を持つ。
 その理由は宇宙で最強の化学結合であるsp2 混成軌道だけでできた物質だからだ。 ちなみに、ダイアモンドはsp3 混成軌道だけでできた物質であり、カーボン・ナノ・チューブよりも弱い。 さらに、カーボン・ナノ・チューブは中空のため、極めて軽い。
 ただし、これらの特徴は、一本のカーボン・ナノ・チューブが、必要な長さである必要がある。 短いカーボン・ナノ・チューブを、より合わせた場合は、このような破断長にはならない。
 現状の作れるカーボン・ナノ・チューブは長くて 1 μ m 程度であり、今後の課題は、もっと長いカーボン・ナノ・チューブを製造する技術を研究する事である。

カーボン・ナノチューブの電気的特性

 本コンテンツの主旨から外れるが、カーボン・ナノチューブの電気的特性にも少し触れておこう。
 カーボン・ナノ・チューブの電子的な特性としたは、炭素の亀の甲の巻き方によって、導体になったり半導体になったりすることだ。このため、電子材料としても期待されている。 また、炭素の亀の甲に5角形や7角形をまぜると、違う太さのチューブやフラーレンをつないだり、竹かごみたいに自由に形な作ることも理論上は可能だ。 こうやって作った太さの違うナノチューブをつなぐだけでダイオードになる。 その上、大きさはナノ・メートルのオーダーであり、極めて小型のコンピュータなどが可能になると期待されている。

カーボン・ナノチューブの応用

 カーボン・ナノチューブの持つ『極めて、強固』と言う特徴を、宇宙への輸送システムに応用すれば、どうなるか。 文字通り『桁違い』の強度を持つカーボン・ナノチューブを使うことで、常識を超えた宇宙輸送システムが可能になる。 それは、 だ。

軌道エレベーターへの応用

 カーボン・ナノチューブの強固さを最も直接的に応用するのは「軌道エレベーター」であろう。
 アーサー C クラークの「楽園の泉」で有名になった「軌道エレベーター」は強固な材質で作ったケーブルを用いて、静止軌道よりも高い軌道を地球の自転と同期して周る重りから地上まで降ろし、そのケーブルを使い、荷物(ペイロード)を軌道まで持ち上げるのだ。
 一定の太さのケーブルを使った軌道エレベータを成立させるには、破断長が、4960km(付録 1にも記すが私が計算すると結果が少し異なる)を越える物質が必要だと言われている。 既述の通り、現状の材料の破断長が200km程度のところ、カーボン・ナノ・チューブは、これをクリアするので、期待されている。
 ただし、既述の通り、現状作れるカーボン・ナノ・チューブは1ミクロン程度であり、静止軌道に届くためには、40兆倍の長さを作る必要がある。

表 1 カーボン・ナノチューブを使った場合の軌道エレベーター
破断長 [km] 1kg 持ち上げるための
静止軌道までの質量[kg]
1kg 持ち上げるための
総質量[kg]
5000 576.82 2433.75
10000 8.33 40.23
20000 2.80 18.61
50000 0.94 9.66
100000 0.44 6.43
 右の表は、一定の太さのケーブルを使った軌道エレベータを構成する質量を計算したものだ。 この表で判るように、破断長が長いほど、一定の質量のペイロードを持ち上げるのに必要な軌道エレベーターの総質量が少なくなる。
 表からも判るように、破断長が 5000km でも軌道エレベーターの建造は可能だが、1万km 以上だと、遥かに容易になる。
 軌道エレベーターに関しては、一般的に誤解されている点があるので、ここで正しておきたい。 先の「破断長が、4960km以上なら軌道エレベーターが建造可能」と言うのは、太さが一定のケーブルを使った場合である。
 逆に「ケーブルに適当なテーパーを付ければ、どんな材料でも軌道エレベーターが建造可能」とも言われている。 これは理論的には正しいが、現実的ではない。

表 2 テーパーを使った場合の軌道エレベーター
破断長 [km] 地上断面積と
最大断面積の比
1kg 持ち上げるための
静止軌道までの質量[kg]
1kg 持ち上げるための
総質量[kg]
50 7.74 × 10 42 9.98 × 10 44 2.14 × 10 45
100 2.78 × 10 21 2.45 × 10 23 5.44 × 10 23
200 5.27 × 10 10 3.13 × 10 12 7.25 × 10 12
500 1.94 × 10 4 6.60 × 10 5 1.67 × 10 6
1000 1.39 × 10 2 3.00 × 10 3 8.56 × 10 3
2000 11.8 153 491
5000 2.68 16.5 68.3
10000 1.64 5.40 28.8
20000 1.28 2.19 15.7
50000 1.10 0.78 8.43
100000 1.05 0.37 5.65
 右の表は、テーパーを使った場合の軌道エレベーターの総質量である。 破断長が、鋼鉄線に相当する50km やケブラーに相当する 200 km では、持ち上げるペイロードに対して、必要な軌道エレベーターの総質量が余りにも大きすぎて非現実的だ。
 表から、少なくとも破断長が、1000km を超えないと、現実的な軌道エレベーターが建造できないことが判るだろう。 やはり、軌道エレベーターには、革新的な材料の開発が不可欠なのである。

フライ・ホイール・ロケットへの応用

 極めて強固な材料が製造できれば軌道エレベーターが実現すると言う発想は余りにも当たり前だ。
 実は、次のフライ・ホイール・ロケットこそが、カーボン・ナノ・チューブの応用の本命ではないかと密かに思っている。

 確かに軌道エレベーターが実現すると、飛躍的に宇宙へ出て行きやすくなる。 しかし、現状、製造可能なカーボン・ナノ・チューブの長さは 1 μ m 程度であり、これを少なくとも 4万km に相当する長さまで製造する技術が完成しないと、軌道エレベーターは成立しない。
 もう少し技術的な障敷居を低くできないかと考えたのが、フライ・ホイール・ロケットである。

 このアイデアは、従来のロケットでは燃料の化学反応によって生成される推進用のエネルギーを、フライ・ホイール(はずみ車)に貯めるアイデアである。
 フライ・ホイールに大きなエネルギーを貯めるには回転速度を上げる必要がある。 従来の材料では打上げに必要なほどの回転数だと遠心力でホイールそのものが破断するために不可能だと言われていた。

 ホイールに貯められるエネルギーの理論的限界の計算方法を、付録 2に示した。 ホイールの形状を定式化しやすさのためにリング状と仮定すると、ホイールに貯められるエネルギーの上限はホイール質量と破断長に比例するだけで、ホイールの大きさには依存しない。

 ホイール 1kg に貯められるエネルギー上限(単位J)は、 (破断長[m])x(重力加速度 m / s 2 )÷2 である。
 カーボン・ナノ・チューブの破断長が 1万km ならホイール 1kg 当たりに 49MJ、破断長が 10万km ならホイール1kg当たりに 490MJ のエネルギーが貯えらる。 液酸+液水の化学反応エネルギーは、1kg あたり 12MJ 程度であり、これを遥かに超える。 ちなみに、破断長 200km のケブラーだとホイール 1kg 当たりに980kJ に過ぎない。
表 3 フライ・ホイール・ロケットの最適化
破断長 [km] 効率 M 0 M 0 + M w + M p [%] M w : M p
15800 0.07 1:3.90
16000 0.38 1:3.82
18000 2.90 1:3.52
20000 5.38 1:2.91
30000 15.8 1:2.17
40000 23.5 1:1.89
50000 29.3 1:1.73
60000 34.0 1:1.63
70000 37.8 1:1.56
80000 41.0 1:1.51
90000 43.7 1:1.47
100000 46.1 1:1.44
 右の表からも判るように、破断長が1万5800kmを超えると SSTO (Single Stage To Orbit: 単段式打ち上げ輸送システム) が可能になる。
 破断長が 10万km のカーボン・ナノ・チューブが実用化したら、次のような SSTO が可能になる。  上記の計算では、エネルギー変換効率を 100% としており、実際には変換ロスのためにもっと悪化する。 しかし、破断長が10万kmのカーボン・ナノ・チューブが実用化すれば、SSTOも夢ではない。
 前述したように、貯められるエネルギーは「ホイールの直径には依存しない」ので、カーボン・ナノ・チューブを1メートルでも50センチでも、とにかくある程度の長さにする事が出来れば、ホイールを作ることが可能である。

まとめ

 カーボン・ナノ・チューブは、従来の 2 桁のオーダーの強度を持つ物質である。
このような材料が現実になると、従来からは思いも付かないような応用ができる。
 特に、フライホイールなんて、水素-酸素の化学反応よりもエネルギー密度が高くなるので、ロケットの前に、自動車で実用化されるかもね。

付録 軌道エレベーター

 破断長を L m とすると、密度が ρ kg / m 3 で、断面積が S m 2 の場合、最大 T max = g ρ L S N の張力に耐える。
 また、地球と同じ自転を行っている軌道エレベーターの場合、地心からの距離 r m の位置での加速度は、 G M r 2 - r ω 2 m / s 2 (加速の方向は地心向き)になる。
 なお、 ω = 7.2922 × 10 -5 rad / s は、地球の自転角速度で、 G M = 3.986005 × 10 14 m 3 / s 2 は重力定数と地球質量の積、 g = 9.80665 m / s 2 は重力加速度である。

太さ一定の場合

 右図は、太さ一定の軌道エレベーターの地心からの距離 r m の位置で張力の変化を示すものである。
図において、張力の変化分 dT N は、図中のケーブルのやや濃い目の灰色の部分にかかる地球引力と遠心力の差分に等しい。 これが次の式になる。
dT = ρ S G M r 2 - r ω 2 dr
 地球表面 r 0 = 6378140 m での張力を T 0 N とすると、
T = T 0 + r 0 r ρ S G M r 2 - r ω 2 dr
= T 0 + ρ S - G M r - ω 2 2 r 2 r 0 r
= T 0 + ρ S G M 1 r 0 - 1 r + ω 2 2 r 0 2 - r 2
となる。
この時、
dT dr = ρ S G M r 2 - r ω 2 = 0
すなわち、
r g 3 = G M ω 2
が成立する r g = 4.2166 × 10 7 m で、張力は最大になる。
T max = g ρ L S T 0 + ρ S G M ( 1 r 0 - 1 r g ) + ω 2 2 ( r 0 2 - r g 2 )
L T 0 g ρ S + 1 g G M ( 1 r 0 - 1 r g ) + ω 2 2 ( r 0 2 - r g 2 )
ここで、 T 0 0 より、太さ一定の軌道エレベーターの最小破断長 L min m は、
L L min = 1 g G M ( 1 r 0 - 1 r g ) + ω 2 2 ( r 0 2 - r g 2 ) = 4.9377 × 10 6 m
となる。
 なお、地表面で、 m 0 kg の重りを軌道エレベーターにぶら下げる場合、
g ρ L S g m 0 + ρ S G M ( 1 r 0 - 1 r g ) + ω 2 2 ( r 0 2 - r g 2 ) = g m 0 + g ρ S L min
ρ S m 0 L - L min
 従って、静止軌道までの質量 M g kg は、
M g m 0 L - L min ( r g - r 0 )
である。
 また、質量 M c kg の重りを地心からの距離 r m の位置に置く場合、
M c r ω 2 - G M r 2 g m 0 + m 0 L - L min G M ( 1 r 0 - 1 r ) + ω 2 2 ( r 0 2 - r 2 ) となる。
軌道エレベーターの総質量 M total kg は、
M total = M c + m 0 L - L min r - r 0 = 1 r ω 2 - G M r 2 g m 0 + m 0 L - L min G M ( 1 r 0 - 1 r ) + ω 2 2 ( r 0 2 - r 2 ) + m 0 L - L min r - r 0
である。
 ここで、
d dr M total = - r + 2 G M r 3 r ω 2 - G M r 2 2 g m 0 + m 0 L - L min G M ( 1 r 0 - 1 r ) + ω 2 2 ( r 0 2 - r 2 ) = 0
 すなわち、
g m 0 + m 0 L - L min G M ( 1 r 0 - 1 r ) + ω 2 2 ( r 0 2 - r 2 ) = 0
の時、 M total は、最小になる。

テーパーをかけた場合

テーパーをかけた場合も、張力の変化分は前記と同じ次の式になる。
dT = ρ S G M r 2 - r ω 2 dr
 この場合、面積が一定でない事が、前述の場合と異なる。 テーパーかけるにあたり、単位面積あたりの張力を一定にする事が妥当である。
T S = T + dT S + dS
従って、 dT = T S dS
だから、
T S dS = ρ S G M r 2 - r ω 2 dr
ここで、 T = T max = g ρ L S とすると、
dS dr = S g L G M r 2 - r ω 2
となる。
S 0 S 1 S dS = 1 g L r 0 r G M r 2 - r ω 2 dr
従って、
Ln S S 0 = 1 g L G M ( 1 r 0 - 1 r g ) + ω 2 2 ( r 0 2 - r g 2 )
S = S 0 e 1 g L G M ( 1 r 0 - 1 r g ) + ω 2 2 ( r 0 2 - r g 2 )
この式から、最大面積 S max r = r g の場所になる。 従って、
S max = S 0 e L min L
である。
また、ケーブルの質量 M all kg は、次の式で示される。
M all = r 0 r ρ S dr = r 0 r ρ S 0 e 1 g L G M ( 1 r 0 - 1 r g ) + ω 2 2 ( r 0 2 - r g 2 ) dr
なお、地表面で、 m 0 kg の重りを軌道エレベーターにぶら下げる場合、
S 0 = m 0 ρ L
だから、
M all = r 0 r m 0 L e 1 g L G M ( 1 r 0 - 1 r g ) + ω 2 2 ( r 0 2 - r g 2 ) dr
となる。

付録 フライホイールに貯えられるエネルギー

 右図のようなフライホイールについて、考える。 やや濃い目の灰色の部分の質量は、 m = 2 θ ρ r S kg である。 遠心力は F = m V 2 r = 2 θ ρ S V 2 N である。
一方、張力による中心方向の成分は T f = T sin θ T θ
ここで、 2 T f = 2 T θ = F = 2 θ ρ S V 2
従って、 T = ρ S V 2
T = ρ S V 2
T max = g ρ L S T = ρ S V 2
ホイールの質量を M w kg とすると、ホイールに貯えられるエネルギーは
E w = 1 2 M w V 2 g L M w 2 J
プロペラントの質量を M p kg とすると、噴射速度 V i m / s
V i = 2 E w M p M w M p g L
増速量を V t m / s とすると
M 0 + M w + M p M 0 + M w = e V t V i e V t M p M w g L
M 0 + M w + M p M 0 e V t M p M w g L 1 - M w M p e V t M p M w g L - 1
ここで、 M p M w は設計の自由度で、最も、 M 0 + M w + M p M 0 の良い(低い値)を選ぶ事が大事だ。
だが、 M p M w > 0 の制約の中で、 M 0 + M w + M p M 0 > 0 の答を持つためには
1 - M w M p e V t M p M w g L - 1 > 0
が必要だ。

Copyright (C) 2002 野田篤司
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