マツドサイエンティスト・研究日誌 保存版
エイプリル・フール

初出:2007年04月02日 元々のブログ・コンテンツへのリンク
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もう気が付いて居ると思うけど、一応断っておくが、昨日の「マツドサイエンティスト研究所 正式オープン」の記事は「エイプリル・フール企画」であり、全くのウソである。いや、ウソと言うよりホラだろう。
もし本当に信じたという人が居たなら、心からお詫び申し上げたい(本当に信じた人が居たのだろうか??)

内容的には、昨日の記事の「マツドサイエンティスト研究所 正式オープン」は全くの法螺話だが、そこに含まれる私の心情に嘘は無い。
私は、心の底から「マツド・サイエンティスト研究所」を造りたいのだ。

大学や国研、民間の研究所で研究されている方々の中には、昨日の記事の中で、研究対象を選択するプロセスを苦笑いと共に共感された方も多いのではないだろうか?

現在の日本(日本以外も?)の研究機関では、「論文が書けて、巧く行って、役に立つ」研究や実験しか認められない。「不可能に挑戦する」ような「失敗の可能性の高い」研究や実験などできようもない。

昨日の記事にも書いたように「不可能を可能にする研究」とは、失敗を恐れずに挑戦し、それらが十の内九つが、百のうち九十九が失敗して、はじめて一つが成功するような厳しい現実なのだ。

ところが、一方で、国家の税金を使うような大学や国研で、百のうち九十九が失敗するような研究に血税を無駄にすることはできない。

ましてや、利潤の追求が目的の民間企業の研究機関で、失敗確率の高い研究などできるはずはない。

従って、「不可能に挑戦」するためには、国の補助をあてにせず、利潤を追わず、たた「興味深い」「面白い」と言った科学者(別に博士号を持っていようが居まいが)のモチベーションだけを原動力に、研究するような場が必要なんだと考えて居る。

このようなモチベーションが、現場の科学者に全く無いかと言うと、そんな事は無い。
十年ほど前に、私の属する組織で、アフター5の集まり、つまり同好会として「恒星間飛行研究会」を主催したことがある。この時、多くの人(正確には技術者)が毎週集まり、「恒星間飛行」と言う「不可能と思える対象」について熱く語り合った。
もちろん、基本的に国税を使う私の組織で、「恒星間飛行」などと言う荒唐無稽(に限りなく近い)研究が正規の業務になろう筈もない。
しかし、決して多数派ではないが、それでも幾人かの人は、こう言った「不可能に挑戦する研究」に対して、強いモチベーションを持つことが判った。恒星間飛行研究会は、給与の出る業務どころか逆に自腹を切る必要があるのに参加する人が何人も居たのだ。(ちなみに会費は一回500円であり、その大半はデリバリーのピザに消えた。なお、野尻氏の小説「沈黙のフライバイ」に出てくる同名の「恒星間飛行研究会」では参加者が減り続けるが、現実の「恒星間飛行研究会」では参加者が減ることはなかった)

「恒星間飛行研究会」を通じて、もう一つ大きな事を知った。それは、恒星間飛行のように「業務として認められて居ない事」を議論する機会が無く、そう言った機会に飢えて居る人が大勢居ることだ。もちろん、就労時間内に業務以外の議論をすることはいけないことだ。しかし、休み時間やアフター5に至っても、そう言った話題を避けてしまう傾向にあるようだ。

「不可能に対する挑戦」は、誰も味方が居なくても、たった一人で研究を続ければ良いかと思うかもしれない。だが、一人だけで考え続けることは決して良いことではない。客観的な検証ができず、独善的な思考に入って行く危険が大きい。結果、「トンデモ系」に陥る可能性が高い。

志を同じくする仲間が、健全な議論を続ける中で、理論が磨かれ、成長し、やがて革新的なものへと昇華される。
湯川秀樹と朝永振一郎が中学・高校時代からの同級生(正確には中学時代は朝永が一年上だったが、健康がすぐれず休学、高校で同級生となる)親友だったことも、ニュートンとハレーに友好関係があったことも決して偶然では無いと思う。たぶん、彼らは個別には、それほどの高みまで昇ることは無く、お互い影響し刺激しあいながら、成長して言ったんだと思う、きっと。

小説や漫画の中のマッド・サイエンティストは、一人で大発明するが、実際は、一人だけでは、そうは大したことはできない。1+1が3に、2+2が10にと、人が集まることで相乗的な効果が生まれる。そして、それが革新的な研究には不可欠な要素なのだ。

「恒星間飛行研究会」の話に戻ると、「業務として認めれて居ない研究は、雑談の話題にすることすらはばかられる」恥ずかしい事だと思われている事実だ。
本来、画期的な研究には、志を同じくする者が集まり、議論することが不可欠だというのに、そして、同じ志を持ちモチベーションを持つ者が多数居たにもかかわらず、私の属する組織では、それを生かす土壌が(例え、休み時間やアフター5と言えども)決定的に欠いていることだ。(「恒星間飛行研究会」は数少ない例外と言える。なお、「不可能に挑戦する研究」が酒の席で話題になることはある。だが、アルコールが入った状態で真面目な検討などできる訳は無く、馬鹿話で終わってしまう)

私の経験は、私の専門分野である宇宙開発や所属する組織に片寄った経験である。だが、多少の違いはあれ、ほかの分野、例えば、生物学、医学、化学、量子力学、数学など、私の専門分野と全く事なる分野でも、同様の傾向にあるのではないだろうか?
また、私の属する組織より、ずっとリベラルな研究機関もあるかもしれないし、逆にもっと固まった機関もあるかもしれない。いずれにしろ、大なり小なり程度の差こそあれ私の属する組織と同様に、「不可能に挑戦する研究」を育む土壌に欠けて居るのではないだろうか?

10年程前の「恒星間飛行研究会」の時代以降に、私は「異種専門分野のコミュニケーションの重要性」を知った。「恒星間飛行研究会」では、メンバーが私の属する組織に限られて居た。その組織の中でも、各種の分野(たとえば、推進系や電源系、通信系と言った色々な分野)の専門家が集まっただけでも活発な議論ができた。しかし、各種の分野の専門家と言っても、所詮は宇宙関係の専門家であり、片寄りがある。
ここ何年か、交友関係が広くなるに従って、この事に気付いた。全く異なる分野のコミュニケーションは、相互に強い刺激を与える。この刺激が新しいものを生む。

どうすれば、「不可能に挑戦する研究」ができるのか?
それが「マツド・サイエンティスト研究所」である。

第一に、仕事や業務や義務から離れた場所で、自由に研究・実験・ディスカッションできる場所を設ける。
第二に、研究テーマに対して、ノルマも説明責任も無い。
第三に、その代わり給与も無い。

こう言った「研究所」を造ることが良いのではないか・・・、そう考え始めたのは、数年前だ。

もちろん、こう言った「研究所」が本当に造れるのか、極めて不確かだ。
現在は、私の頭の中で、理想論を思い浮かべて居るだけの状態で、実際に「マツド・サイエンティスト研究所」を上手く運営できるか判らない。
モチベーションだけで給与の出ないような研究所に研究員が集まるのか、他に職業を持つ人が研究を維持できるのか?
「トンデモ系」や「疑似科学」に陥らないようにできるのか、ノルマや成果を問われない状態で研究を維持することができるのか?
数え出したら、キリが無い。
そもそも、国などの補助に頼らず、実用性を問わず成果が期待できない研究では、全く利益・収入が期待できない状態では、ディスカッションに必要な会議室を借りる事すらできないだろう。ましてや、実験に必要な機器類に至っては、言わんやおやである。
「マツド・サイエンティスト研究所」自体が、青臭い荒唐無稽の理想論なのかもしれない。

だが、「マツド・サイエンティスト研究所」が本当にできたら、それは「人類への貢献」になるだろう。そう信じて居る。
今の今まで、「成果を問わない、役に立たない、論文の書けない」研究だと言い続けたのに、急に「人類への貢献」とは、どうしたことかと思われたかもしれない。それは、「マツド・サイエンティスト研究所」の研究対象は、仮に上手く行き、実現でき、役に立つことがあったとしても、100年200年かかると思われるからだ。ガリレオやケプラーの研究が本当に役に立ったのは、その死後だし、ニュートンですら、本当に「役に立つ」のは、数百年かかったのではないだろうか?
ロケットの基礎理論を作ったツォルコフスキーの研究は実現するのが極めて早く、彼の存命中に有人月着陸が成し遂げられた。この「極めて早く」実現された例ですら、実現には60年以上かかっている。
本当に「人類に貢献する」ような研究は、役に立つまで何十年も何百年もかかるものも多いはずだ。目先の成果にとらわれているような従来の研究機関では、そんな悠長な研究はできない。

だから、短期的な「ノルマや実用性」を問わない「マツド・サイエンティスト研究所」が必要なのだ。

実際に始るのは、私の定年後だろう。それまでに、まだ時間もあるし、実際に「マツド・サイエンティスト研究所」を造る良い方法でも思いつくかもしれないと、アイデアを暖めて来た。
あまり、人には言わないようにしていた。
実は、少しは言ったことがあるのだが、余り受け入れられなかった。

一人で考え続けていたのだが、半月程まえ、中須賀先生を始め、3人の研究者・科学者と夕食を取る機会があり、「定年退職したら、マツド・サイエンティスト研究所を作りたいんだ」と食事の時の話題として、冗談半分のつもりで話した。ノンアルコール状態だったし、3人が3人とも私よりも、ずっと研究所らしい研究機関で研究を続けて居る人だったので、この話が受け入れられるか不安だった。

中須賀先生は、真面目な顔で「野田さん、それは定年退職後とは言わず、今すぐ始めるべきだよ」と言い、他の2人も賛同してくれた。「マツド・サイエンティスト研究所」を実際に作る話に賛同してもらったのは、これが初めてだ。

中須賀先生は「まず、看板を掲げるんだ。最初からハードウェア(色々な実験施設のこと)を作るのは無理だから、人が集めれる場所を確保することから始めれば良い。看板を掲げれば人が集まるから、それから少しずつ進めて行けば良い」と続けた。

松戸駅(別に松戸にこだわる必要は無いのだが。そういやバンダイミュージアムの跡地は、どうなったっけ?)などの駅の近くにある雑居ビルの窓に「テナント募集中」と貼ってあると、「あの部屋を借りて、『マツド・サイエンティスト研究所』と看板を出したらどうなるかな?」と思う。
一般の人からは、何か詐欺の会社か、怪しい団体か何かと思われるんだろうな(「怪しい」と言う部分はあっていると思うけど)

この話、どうなるのか?
私にも判らない。
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