マツドサイエンティスト・研究日誌 保存版
月に行くのは、より道・遠回り・行き止まり

初出:2010年06月03日 元々のブログ・コンテンツへのリンク
カテゴリーのインデックス: 宇宙

私は、バリバリの有人宇宙飛行推進派だ。より遠く、より広く、誰でも行ける宇宙旅行を目指す。
いずれは人類の宇宙進出するのが究極の夢だ。
だが、その私でも月に行くのは賛成できない。それが、より道・遠回りとしか思えないからだ。いや、それどころか袋小路の行き止まりとさえ思えている。

月に行くメリットはない
人類の宇宙進出が目的の場合、火星とか小惑星、ガニメデ・エウロパのような資源を持つ可能性のある場所に行かないと意味がない。この場合、資源とは水など人間の生存に必要な物質の事だ。
当然の事ながら、宇宙ステーションなどのある地球周回軌道には何の資源も無い。だから、定期的に地球から補給物資を送らなければならない。これが、ある程度以上の発展を阻んでいる。
月も物資は無い。正確に言えば、あるのは岩と砂だけだ。水は科学的な研究対象で分析できる程度の量しか無いだろう。人間が生きていくのに必要な量は無い。
人間が月に行っても、地球から物資の補給を続けなければならないなら、宇宙ステーションと同じく発展性が阻害される。いや地球から遠い分、宇宙ステーションより分が悪くなる。

月の科学的な価値を否定するつもりはない。しかし、それは純粋に惑星組成や内部構造・岩石分析の分野に限る。少なくとも、月に天文台を置く意味はない。望遠鏡が重力で歪んでしまう。せっかく宇宙に出たのにメリットが半減だ。月に天文台を置くくらいなら、太陽地球系のL2ポイントに宇宙天文台を置いた方がずっと良い。

月に行くのは難しい
地球からの補給なしに、言い換えれば自給自足で生きていくために必要な資源のある場所が小惑星や火星以遠なら、そこへ行くための技術レベルも高いし、往復の旅行期間も長い。だから、「最も近い月に行って、その練習にするのは良いじゃないか」と言われることが良くある。「月に着陸するだって難しい技術が必要になるし、月面での長期滞在は、火星や小惑星へ行くのに良い練習になる」というのだ。

いや、ちょっと待ってくれ。月に行く困難さは方向性が違いすぎて練習にならないのだ。
月は特殊な天体だ。意外なほど大きく重力が強いわりに空気が無く、自転周期が長い。月面の6分の1の重力は弱いと思われるかも知れないが、地球程度の惑星の衛星にしては異常に大きい。
重力が大きい上に空気が無いので、着陸は強力なロケットエンジンを断続的に使って逆噴射を続けなければならない。もし火星のように空気があれば、パラシュートによる制動が使えるし、逆に小惑星のように重力が少なければ、ごくごく小さなロケットエンジンだけで着陸できる。月への着陸方法は難しい割には、他に応用が効かない特殊技術だ。
とは言え、月への軟着陸技術は、まだマシだ。多少とは言え、火星やガニメデ・エウロパへの着陸に応用できるかもしれない。

問題は、越夜技術だ。越夜は聞きなれない言葉だと思う。「越冬」が冬を越すことなら、「越夜」は夜を越すことだ。
月の太陽に対する自転は29日間。昼は地球時間の14日間も連続で太陽光が当たり温度が上昇する。まだ、昼は良い。太陽光を受けて発電し、その電力で冷房することだって可能だ。問題は、夜だ。今度は14日間も光が当たらない。保温材としても断熱材としても優れる空気がないから、昼は温度が非常に上がり、夜は非常に下がる。夜はエネルギー源としての太陽光がないから、ヒーターを使う事もできない。
月以外の天体の夜は、せいぜいが数時間から半日程度だ。その程度の時間なら昼間の間に充電しておいた電池でヒーターを使って温まる事ができる。ところが、月の場合は、14日間も夜が続くから、普通のバッテリーではとても持たない。極めて特殊なバッテリーが必要となる。
この様に越夜は、特殊で実現困難な技術が必要だ。ところが、この越夜技術、ほとんど月以外に応用できない。月のように長い夜を持つ天体は、水星くらいしか無い。また、木星以遠の星なら、太陽からの光が弱く、ある意味、月の越夜よりも長い夜を越さなければならないが、そもそも昼自体が無いのだから、その意味が全く異なるだろう。

このように月軟着陸技術も越夜技術も、開発が困難な割には他に応用できない「袋小路」の技術なのだ。

月に行くのは遠回り
じゃあ、月に基地を作って、そこで、宇宙船を組み立てるとどうなるか?
ほとんど役に立たないどころか、逆に無駄になる方が大きい。
「基地」と言うのは、そこで物資の補給をしないと意味が無い。ところが月には燃料も水も、とにかく補給すべき物資は何もない。物資は全て地球から送るしかないのだ。
地球から全て物資を送るなら、月の重力に逆らって着陸して離陸するのは無駄以外の何者でも無い。
例えば、地球から火星へ行くこととして、ホーマン軌道への投入を考えた場合、直接地球から直接火星に行くのと、一度月に着陸するのとでは、理想的な計算をしてΔVで 4200 m/s の差が出る。仮に液酸/液水を使ったとしてもツォルコフスキーの式で計算すると質量比は 2.6倍となる。つまり、地球からのダイレクトに火星に行く場合、仮に1万トンのロケットが必要だとすると、月に一回着陸すると2万6000トンのロケットが必要になるということ。なお、これらの計算は純粋に理想的な最小限の値を求めただけなので、実際にはロケットの構造質量比とかを考慮に入れると、更に差は開く。3〜4倍程度が現実的な値だろう。

ここまでは、火星へ行くときだけの話。帰ってくる時を考慮にすると、驚くほど差が開く。
火星からの帰還時、地球と月が往路と同じ条件なら、最初の打ち上げ時の差は、3〜4倍の自乗で、9〜16倍で済む。ところが、行きと違って、地球には奥の手がある。地球に直接帰ってくるなら、地球大気を使った制動(ブレーキ)が使えるからだ。
だから、帰還時も考慮すると20〜40倍は違ってくる。先の例だと40万トンのロケットが必要になる。

もう一度整理すると、最初の打ち上げ時の質量は、
・地球からダイレクトに火星を往復を「1」とすると
・月経由で火星に行って、帰りはダイレクトに地球の場合「3〜4倍」
・行きも帰りも月経由で火星に往復の場合「20〜40倍」

最初の打ち上げ規模が、3〜4倍とか20〜40倍になったからと言って、リニアにコストも3〜4倍とか20〜40倍になるわけではない。だが、非常に割高になることは誰の目にも明らかだ。ちなみに、ここまでの計算には月基地建設の分は入っていない。月基地建設の分を入れると、さらに、その差は開く。

と言う訳で、月によるのは無駄だ。いや無駄というにはあまりにも大きすぎる無駄だ。

月に行くことで、苦労して得る技術は、その後の役にも立たない。燃料は無駄になり、莫大なコストは露と消える。疲弊し切った宇宙開発は、そこで行き詰まってしまうだろう。袋小路だ。

預言者のように未来を見てきたような事を言っているが、これは未来を予言して言っているのではない。まさに40年前に、アメリカがアポロを月に送った後、宇宙開発が迷走している姿は、この「予言」そのものなのである。

なぜ、月に行きたがるのか?
冷静な理性的判断で月に行くことにメリットが無いどころか、デメリットだらけであることは明らかだ。これは私の意見だけではない。多くの専門家が同じ意見を持つ。

にも関わらず、月が主流派を占めるのは何故か?
ブッシュ前大統領が月に行くと声明していた時は、日本もアメリカについていくだけと思っていた。

ところが、オバマ大統領が月行きを否定したにも関わらず、相変わらず日本が月に行くと行っているのは、どうしたことなんだ。(ちなみにオバマ大統領は月は止めて、次は火星か小惑星と言っているんだよ。たぶん、私と同じ事を言った人がNASAかなんかに居たんだと思う)

これは、もう理性で判ることじゃない。
超自然的な力が働いている・・・なんて、オカルト的なことじゃなくて、心理的なもの。子供の頃に刷り込まれた憧れとか、そう言うものが潜在意識的な欲求として働いているとしか思えない。
つまり、アポロの月着陸を子供や若い時代に体験して、それが刷り込まれてしまったというわけ。実際、理性的ではなく月へ行く事を無条件に肯定するのは、現状50歳から60歳以上の世代に多い。この世代は、月に行く事を肯定すると言うより、あの時代のアメリカ、ベトナム戦争以前の強いアメリカへの憧れを月着陸に投影している。としか思えない。
それより下の世代には、月への憧れも、むしろ強いアメリカへの憧れなんてないから、月へ何故行きたがっているか、全く理解できない。

最大の問題は、月および強いアメリカへの憧れ世代が、政治にしろ色々な組織・省庁でのトップに今居ると言うこと。彼らが、「月に行く」と言い出したら、誰も止められない。
でも、今、決まったら、実行するのは、もっと若い世代。月と強いアメリカへの憧れなんて無い世代。
やりたくない上、理性的に考えればムダ以外の何者でも無いものをやる世代の身にもなってもらいたい。

繰り返しになるけど、もう一度言う。
私にとって、宇宙に人類が出て行くのが、宇宙開発の究極の夢だ。
月に行くのは、その夢にとって、遠回りになるどころか、袋小路の行き詰まりをまねきかねない厄介ものだ。

月なんか放っといて、とっとと深宇宙へ飛びだそうぜ!
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